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天国で先に待っているわ。結論から云うと妻は居なかった。審判のあと、そこいらに居る適当な天使に場所を訪ね、待ち合わせ用のアヌビス像の場所でかなり待った。雲間の尋ね人向けの掲示板があったがそれも駄目だ。戒名と本名どちらもない。
召される前、最後に口づけをして枕を涙に浸すほど濡らした。生前にはあの世で会うための合言葉も決めた。互いの棺桶に、互いの写真と路銀も入れた。それなのに。
こんなところが極楽なものかと悪態をつきながら、気が付いた。今私は極楽と云ったか。思えば私たちには、これといった信じる神が居なかった。何でも良いからと、とにかく何らかの大いなる存在に向かって、二人が再び出会えることを祈ったのだ。
結果、ペガサスと火車と銀河鉄道その他を乗り継ぎ、私はここへ来た。まさかここは、天国的な場所では無いのか――。
しかしその心配は無さそうだ。古今東西あらゆる祈りに応じようと云うように、天には多種多様な神の使い、昇る機構、審判の手段が用意されていた。天国と極楽は同じ場所だ。どうもそれは間違いない。
ではなぜなのです、神様などの大いなる者よ。
思わず祈ると、声は答えてくれた。
「ここで善行を積みなさい。そうすればあなたは、天国2で愛する人と再び会えるでしょう」
なんてことだ。妻はこの天国で立派に生き、再び死に、今は天国2にいるのだと云う。天国で死ぬと次の天国に行くというのは知らなかった。そうとわかれば急いで向かいたいが、命を粗末にしようものなら、私は下界に戻されるか、下手すれば地獄1に行かねばなるまい。徳を積み、善行を成し、私もまた天国2へ召されなければ二人が会うことはできないのだ。
妻は体が弱いが優しく勤勉だ。下手をすると、私が行くときには天国3か、あるいは天国4ぐらいまで行っているかもしれない。
しかし必ず追いついて見せる。
私の目の前には再び長い長い生がある。今度はひとりだ。妻と助け合えた下界とは違う、険しい道になるだろう。あらゆる苦しみから解放されると聞いて来たが、天国1程度ではそんなものか。
天国の階段とは、下界と天国を結ぶ階段ではない。天国から次の天国へ、一つずつ昇っていく階段のことだったのだ。
「待っててくれよ!」
更なる天を仰ぎ、そこにいるはずの妻に叫ぶ。また会えなくても、果てまで昇りきればきっと会える。いつか、きっと――。
「あらあなた来てたのね今行くわ」
しかし返事は意外にもすぐにあった。呆気に取られていると、何故か血まみれの妻が天国2から降ってきた。感動の再会に抱き合うものの、まず口をついて出たのは一つの疑問だった。
「おまえ、どうしてここに居るんだい」
「あなたのために降りてきたのよ」
「どうやったらそんなことができる」
尋ねると、何やらしまったという顔をする。そして、少し言葉を選んだあと、
「それはもちろん、天国2から降格したのよ」
妻は血で真っ赤のナイフを後ろ手に隠しながら、少し照れくさそうに笑うのだった。